第九章
その日は日中から外出していた。そして夕方頃、妻からメールが入った。「2番がいなくなっちゃったみたいなんだけど。」
脱走か!?なんという事を…。その時点で私にはどうする事も出来ないのでとにかく妻には謝りつつ出来る限り現場をそのままにしておいてもらう様にメールした。
午後8時頃帰宅。
「ごめんね!なんか嫌だったでしょう。」
「ちょっとね…、どこにいるか分からないし、もしかして踏んじゃったりしたらとか思うとやっぱりちょっと。何も出来なかった…。」
「だよね。あぁ、いないね。蓋の隙間から逃げたんだ。まったく。」
透明カップの蓋には成長したイモには到底抜けられないと思われる位の空気穴を開けていた。2番は排出を終え激走期に突入していたが、その勢い余って穴を突破したのだろうか。という事は今もこの室内のどこかを激走しているのだろうか。
「とりあえず2番のカップを置いていた周りは触らずにそのままにしてあるから。」
「了解。あ、そうか…あのさ、夕飯は食べれた?」
イモに関しては同居はOKだが常に目につく所にはカップを置かないルールだったし、食事している時は話題に出す事も厳禁だった。それがイモが脱走した今、我々もイモと共にカップの中にいる様な状況と言える。そんな中、妻は落ち着いて食事出来たのだろうか?
「うん、まあなんとか気にしないで済ませました。」
スマン…。では即刻捜索します。そして小型ライトを手に作業が始まった。
カップを置いていた地点(本棚やステレオがある若干ゴチャゴチャしている)を中心にして物を退けつつ丁寧に丁寧に見て回ったがいない。なんといってもいつ脱走したかが分からないのでどれだけの範囲まで細かくチェックすれば良いか見当がつかない。最悪家中を見るはめになってしまう。気が遠くなった。
捜索開始から15分、中心地点から半径1m圏内をくまなくチェックしたがまだ見付けられなかった。そうだよな、結構遠くに行ってんだろうな。何かの裏とかに落ち込んでしまってなければ良いけど。この調子では今夜中には無理か、と思ってふと視線を上げたら、そこに目を疑う光景があった。
カップを置いていた地点のすぐ上の出窓の上部、ガラス窓を明け閉めする細いレールの様な所のフチに、2番が逆さまに体を固定しセブン状態になってぶら下がっていたのだ。
割りと近場じゃんよっ。しかもそこでセブンになってんのか?探すのに下ばかり見ていたが、上って…。
なんだか妻と笑ってしまった。
「え、じゃあ今から10日間くらいこのままにしておくの?」
このままだったらいつも食事している場所からは常にイモが見える状況になってしまう。
「仕方ないッスよ…。だから透明じゃなくて紙のコップを上手いこと被せて見えない様にするからさ。」
「見えないけど、いる訳じゃん。あのカップの中にいるって思っちゃったりするじゃん。」
「あぁ、じゃあその前に丁度視界を遮るように布を貼ってマスクするから。」
必死に処置を施し、なんとか無理矢理納得してもらえる環境を作った。
「とにかくもう絶対に脱走しないようにちゃんと管理してね。」
「分かりました。本当にごめんなさい。」
「でも2番、窓を明け閉めするのに丁度支障がない所でよくまあああうまいことセブンになれたよね。」それに関しては妻は感心していた。
「うん、これでもっと奥のレールの所だったら窓開けらんなくなってたからね。しかも上からぶら下がる様にセブンにね。こういう体型もあるんだ。」
1番は「7」だったが2番は見た目「レ」の形に収まっていたが、呼び方は変えずセブンを使った。
翌日プログラム通りに2番はぶら下がったままいつの間にか無事サナギに変化していた。
それからカップの蓋の空気穴を少し小さめにする等、イモの管理をより厳しくした。
その管理下、3番から6番までがスクスクと成長している。その後も外で何匹か茶イモが産まれてきている。まずは1番を無事に孵化させる事に集中しよう。
カップの中で静かに時を待つサナギをチラチラとチェックしながら声をかけた。
「がんばれよ。楽しみにしているね。」
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