第五章
争いの時代は去り、共存の時代に入った。一先ずは放っておくこと。葉っぱに卵を産み付けられてもそのまま。今まで植物ちゃん達にそうしていた様に自然に任せるのだ。するとアゲハ蝶はいつもの時間にやって来て半信半疑な様子だ。
「ひらひら、ア、あれ?オ、おはようございます…。」
「おはようございます。」
「えぇっと、いいんですカネ?卵、置いてっちゃって。」
「構いません。思う存分どうぞ。というか、今までの事は申し訳ないと思ってます。心境の変化がありまして、これからはサポートしていきたいのでよろしく。」
「あ、そうなんですか。気にしてませんノデ。こっちも卵を何千と産んで最終形態に辿り着くのは2、3匹みたいな世界なんで覚悟してますカラ。」
「そうなんだ。大変なんですね、こっちも勉強させてもらいますよ。では、ごきげんよう。」
「デハ、ごきげんよう。」
1週間程放っておいてみると、役目が終わったのかアゲハ蝶はパタッと来なくなり、1つの鉢に平均4〜6、全体で25〜30個の卵が産み付けられた、という結果になった。
ちょっと引いた。放っておくとこんなになるんだ、という驚きと、これだけの数の生命をサポートしていけるのだろうか、という不安。でもなんとかやってみよう。もしこれから産まれたイモムシが蝶になって羽ばたくのを見れたら…それを考えたら多少の事は苦ではない。
しばらくすると直径1mmの薄い緑色だった卵が茶色に変わり、そこから体長3mm位の小さな小さな茶色いイモムシが誕生し葉っぱを食べ始めた。
食べなさい食べなさい。大切な葉っぱだがまだ沢山あります。好きなだけサクサクしていきなさいな。
茶色イモは最初は1日に小指の先程の量の葉っぱしか食べないが、成長する程にその量は増えていく。
こうして初めてまじまじと観察してみると実に興味深い。産まれてから1週間程までの第一形態のイモムシは一般的に茶色い体の中央少し前方に横に白い線が入ったカラーリング。諸説あるそうだがどうやらこれは「鳥のフン」の擬態をしているらしい。
想像する。イモムシにとっての天敵は鳥。そしてイモムシ達は考えた「どうすれば鳥についばまれないか 」。そう考え続け命を繋いでいく内に一つの結論に辿り着く。
「鳥のフンっぽけゃいいじゃん」
そして遂に第一形態イモムシは産まれた時から鳥のフンっぽくなるまでに進化するのだ。
凄い発想だ。普通思わない。敵のフンっぽけゃ食われない。それだけじゃない。そうなりたいと思い続け実際フンっぽく産まれるまでになる。体現する。恐れ入ります。
しかしこういう意思の力が巻き起こす奇跡というのは余り神秘化してはいけない気がする。
生き物全般、勿論人間にもこの力が備わっているはずだ。生き物であれば素直にそれを受け入れればその力を発揮する事は出来るはず。受け入れるか否かだけ。シンプルだ。
おそらくその事を当たり前の事として素直に受け入れて実践しきれていない唯一の生き物は人間だろう。
人間の知性は宝なのか十字架なのか。
気が付くとグレープちゃん等の鉢達の葉っぱが随分少なくなりイモ達がスクスクと成長している。しかしその数をチェックしてみると卵から産まれたイモの全てが残っている様ではないみたいだ。恐らく擬態しても鳥や他の生物に見つかってしまったり何らかの病気になってしまったりで減ったのだろう。
このまま外に放し飼いしていたら全滅してしまうのでは、そんな考えがよぎる。
外敵からイモムシを守らなくてはいけない。
どうすればいいのだろうか?
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