第二章

結婚した。
式は行わなかったが福岡で親戚だけのパーティーをやり、新郎新婦登場の曲は念願だったDAVID BOWIE『BE MY WIFE』にした。
しばらくして独り暮らししていた六畳一間のアパートから二人暮らしに相当した二階建てマンションの一階に引っ越す。同じ区内のその距離2kmと離れていない間での移動で楽な引っ越しだった。
新居にはベランダと、部屋の外に鉢やプランターを置けるスペースがあったので今まで育ててきた物をそのまま持って来ることが出来て助かった。
「あれ、全部持ってくると思わなかった。」
「持ってくるって言うか、連れてくるに決まってんじゃん。」
そうして並べてみて改めてこの数年で植物が増えたことを実感する。
リンゴ、枇杷、オレンジ、アボカド、はっさく、カボチャ、じゃがいも…そして勿論グレープちゃん。全ては普段の食生活から出た種を植えて発芽した面々だ。
グレープちゃんの成長に味をしめてその後もあれこれ植えてきた訳だがそのほとんどから芽が出たのは意外だった。
その様子にワクワクしたがこれが目標ではない。まだどれも実を収穫するには到っていないし、芽が出たもの全てがその後ちゃんと成長出来た訳ではない。じゃがいもだけは直径3〜4cmの物を収穫し食べたりした事もあるのでギリギリ「収穫した」とは言えるが理想はまだまだ先にある。
そしてその頃から土に対しての考えが変わってきた。
それまでは市販の土を利用して生育していたが、土って買うものなのだろうか?と。種は生活の中から見付け出したのだから土もそう出来るのでは、と感じたのだ。
それから恐る恐るの実験精神を胸に日頃の食生活から出る生ゴミ(野菜や果物の皮、切れ端、卵の殻)とむしった雑草や枯葉をキープしておき、既にあった土と混ぜて腐らせるよう促して土を作ってみることにした。
バクテリア的な何らかの何かで分解されそれはいずれ腐葉土に、という事になり肥料も込みの良い土になるのではと期待していた訳だが、本当にそうなった。土も作れるではないか。それ以来土と肥料は買わなくなった。
そうして土について考える様になってから思い知らされたのがミミズの存在である。
ある日、幾つもある鉢の中で明らかに他よりその土の雰囲気が違う鉢がある事に気が付いた。
モリモリと豊潤に仕上がった土。心なしかその鉢の子(植物)は他より成長している様な気がする。
雑草取りがてら土をサクサクしてみると大概そういう鉢の中にはミミズがいた。ミミズによって土が再生されていっているのだろう。
そう一方的に確信したのでそれから鉢や近辺でミミズ君(そう呼んでいる)を見かけたら各々の鉢に分けて住んでもらうようにした。これが「一鉢一ミミズ君運動」の始まりである。
趣味でこうしたアプローチの植物生育をしている私を妻は気にせず受け入れてくれている様だった。
普段食べている物から出た種から発芽しスクスクと育つ植物達を見て面白がっている様子だし、料理後に「この生ゴミいる?」とまで言ってきてくれる様にまでなった。
ある日私は何の狙いもない純粋な想いで妻にこう言った事がある。
「私はね、植物人間なんだよ。」
妻は「それは外では言わない方がいいよ。」と静かに言ってくれた。
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