第八章

イモの様子が変だ。
残った葉っぱを取り出して分かったが、今までは葉っぱを食べたゆえに出る乾燥した小さなフンしかしなかったのが、今朝になって粘着質の液状化した物を排出して動かなくなってしまっていたのだ。ビジュアル的には「腹を酷く壊して活動停止」である。
なんだこれ、大丈夫か?見たこともない容態にあたふたしながら直ぐにカップの中をきれいにして葉っぱを追加し様子を見た。こんな事しか出来ない。イモはその後も葉っぱを食べる事なく体をくねらせるばかり。
今一度調べてみる。どうやらイモはサナギになる準備の為に先ずは体内の余分な栄養を排出するらしい。それ以降は一切食べる事なく体を固定出来る場所を探すべく急に移動し始めるとの事だった。しかも今までとは比べ物にならない早さで動くらしい。
そうか、そういうメカニズムだったのか。少し安心したがまだ心配だ。しかし見守る事しか出来ない。妻が聞いてきた。
「1番大丈夫?」
「え?なに1番って…。あ、まさか…。」
以前2人で見たバラエティー番組の事を瞬時に思い出した。出演していた某女性歌手が自分の子育ての方針を力説していて、3人いる息子さん達を上から「1番」「2番」「3番」と呼んで厳しく躾ている、という話を披露していたあれだ。
「もしかしてこのイモの事1番って呼んでんの?」
「だって今家にいるの3匹の中でこの子が一番先に進んでいるんだったらこの子が長男で、名前は1番でしょう。」
先に名付けられたという事がなんだか嬉しかった。本当は同居が苦痛なのではと未だ心配していたが、この事でもうそういった不安は消え去った。
「えぇっと、1番は多分大丈夫。ちょっとそっとしておいてあげようかね。」

その日の夕方帰宅すると「お帰りなさい」の前に妻が「1番凄い動いてるよ。」と嬉しそうに教えてくれた。
「で、お帰りなさい。」
「うぉ…、ハイただいま。そうなんだ。」と早速カップを覗いてみると、1番が、最も近い表現だと「走っていた」。
のそのそモジモジ葉っぱの上を進んでいた印象を「歩いている」としたら、カップの中をツーツーツーと移動する今の印象は「走っている」だ。10cmを5秒で激走していた。
「スッゲーなこの速度。これも何かで読んだわ。サナギになる場所を吟味しているらしいね。で、ポジション決めたら体を固定するんだってさ。おほっ、なんだか興奮するわ。」
そして引き続き「何かで読んだ」のに従い、体を固定しやすい棒状のモノ(一先ず、割り箸)を用意しカップの中に入れた。もう葉っぱは取り除いたのでカップの中は斜めに立て掛けた短い割り箸だけになった。その後はあまりジロジロ見るのも悪いと思い放置しておく事にした。

翌朝、カップを見て驚く。1番が割り箸でなく、カップの内側の面に縦に、少し頭を垂れ、横から見ると数字の「7」のフォルムの体型で体を固定して停止していた。そしてその体長は約2cmにギュッと縮まっていたのだ。
最終的には約6cm程に成長したイモが急に3分の1になっている。
なんなんだこの凝縮は。
「これはセブンだね。」妻が言った。
「え?あ、また先に名付けたな。」
「このセブン状態がサナギな訳?」
「いや違くて、ここからサナギになるらしいんだよね。これは知らなかったわ。イモの形からすぐサナギになるのかとずっと思ってたわ。」
良く観察してみるとカップの内壁に足先と、吐いて作った糸を付着させ。それに寄りかかるように体を固定しているのが分かった。
人間で強引に例えるなら、岩壁に両足を揃えて固定し、ちょうど両手を伸ばして壁に付く2箇所に1m位のロープの両端を接着し、それを頭からくぐり背中に馴染ませてからそれに背筋を伸ばして寄りかかり頭だけをコクッとうなだれさせた、といった体型だ。
どうやって糸を固定し、くぐったのかは謎である。その作業もいつか見てみたいと思った。
セブン状態から丸一日でサナギに変化するらしいという情報は得ていた。いつその変化が訪れるか気になってチラチラ見るがその日は動きはなかった。段々分かってきた。変化の瞬間を見る為にはずっと張り込むか偶然遭遇するかのどちらかしかないみたいだ。

そしてその翌朝、カップの中にはセブン状態を経過しサナギになった1番がいた。おぉ、良かった、無事成れたね。
頭を垂れた状態から後方に例の糸に海老ぞりに寄りかかった形で体長は3cm位になっていた。セブンの時はまだイモ時代の模様が残っていたがサナギになると模様は全く無い緑色で足下には脱皮した跡が落ちていた。
この作業はイモにプログラムされ本能的に行われている。「このやり方は嫌なので別の方法で行きます。」とかは無い。逆らえない本能がある。でも逆らう必要は無い。生物は皆同じ。心の声に身を任せ生きる様にプログラムされている。理屈とかは無い。それが素晴らしい。ドキドキする。
「何かで読んだ」によれば8〜9日したら孵化するらしい。ワクワクする。
1番が先頭を走る中、2番3番も同じプロセスを進行中だ。暫くは目が離せなさそうだ。そう思っていた矢先だ。
2番がやらかした。
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