第六章

「外に放し飼いしていたら全滅するかもしれない…。どうしようか?」

イモムシを放置して観察してみる事はそれとなく妻には話していた。
「遅れに遅れた小学生の夏休み観察日記みたいで今更バカみたいだけど、なんかちょっと興味がわいてね。でももし蝶になったら面白くない?」
「へぇ、ちゃんとなるのかな。面白いけど難しくない?」
「分からないけど挑戦してみますよ。で、今さ外の鉢にイモムシいるんだけど見る?」
「えっ。いや、ちょっと私虫苦手だからいいや。」
「そうだったんだ…。」
「昔、サラダ食べていたらイモムシがいたってことがあって、それ以来ちょっとダメなんだよね。」
「そっか、ゴメン、ゴメンね。勝手にやってるから気にしないでね。」
かつてそんなやり取りがあった。なので例えば鉢ごと室内に入れて飼う、等とは絶対に無理だろう。近辺に共存は可能だろうが室内に同居には妻の同意が必要だ。つまり不可能だ。
方向性を見失っている内にイモムシに変化が現れ始めた。
卵から産まれて1週間程経ち体長3cm程に成長した茶イモ達が軒並み黄緑色の第二形態になり始めたのだ。黄緑ベースに黒や白、青いラインが入って頭の横に目の様な模様があるというかつて図鑑とかで見たことがあるあのスタンダードな形だ。
茶イモから黄緑イモにはどうやって変化するのか長年の疑問も解けた。簡単だ、脱皮していた。葉っぱの上に茶色い脱け殻が付着していた。
そして黄緑イモはその食欲も第二段階に来ていた。サクサクと良く食べる、その食べっぷりは痛快。葉っぱにしっかりしがみつき小さな前足で端を挟み掴みながら縦に葉っぱを元気に食べていく。イモの口先は蟻の牙の様な形態になっているので、我々が食パンを食べる様に面を横にしてではなく縦にサクサクと体全体を使い深々とお辞儀をするように葉っぱの側面に沿って食べ進んでいくのだった。
それはまるで葉っぱという大刀を真剣白羽取りで掴み、そのままその刃を縦にワシワシと食べちゃうみたいな勇ましさ。しかしその姿はどこかコミカル。
そして葉っぱを食べている時に注意深く耳を済ましてみると小さく「サクサク」と咀嚼する音が聞こえる。この音がまた風流で、なんだか健気で心を打つのだ。
この様に気が付くと、日に日にプクプクと成長するイモの姿にすっかり魅力されてしまっていた。
なんという事だ。去年まで敵としてあんなに毛嫌いしていたのに今や愛しの存在に。
まずいことになった。外出している時も気になって仕方がない。イモ達は無事だろうか?事実そうこうしている内にメンツも減っていった。あぁは、もう躊躇している場合ではない。
「もうやるしかない。こっそり室内に保護すべし。」
作戦開始。ガッツリ虫かごだとバレるので透明なカップ(アイスコーヒーLカップ)に黄緑イモ1匹と葉っぱを数枚いれた物を一先ず3つ、本棚の陰に隠して飼ってみる事にした。これなら分からないだろう。ルールは「黄緑になったら室内に入れる」とした。
妻がいない時を見計らってこそこそイモのケアをした。生き物を飼うスタンダードな方法となんら変わりはない。コップの中の掃除、葉っぱの入れ替え、フンの排出。イモは葉っぱしか食べないのでフンは乾燥した小さな丸っこいヤツなので掃除しやすかった。しかしコップからイモを一旦出すのが大変だった。最初は棒になんとか乗せて出して、みたいな事をしていたがいい加減面倒臭くなってきて、少しずつだが恐る恐るイモ自体を突っついたりと触れる様になってきた。
毛虫みたいに「触ったらかぶれたりするのでは?」と長年警戒してきたがどうやら大丈夫みたいだ。しまいには慣れて全然平気につまんだり指に乗せたり出来る様になった。個人差あるかもしれないが病気的な面では全く問題は無かった。

申し訳ないとは思いながらも妻の知らない内に始まったイモムシとの同居。虫が苦手な妻は知らない内にイモムシと一つ屋根の下寝食を共にしている。あぁ、スマン…。「でも、いつか話そう。」と思いながら数日が経ってしまった。その頃にはイモの体長は5cm位の立派な物になっていた。
「話すって言っても、こんな結構ガッツリしたイモムシになっちゃってんのを見せる訳か?どうしよう。」
妻に隠し事、のバリエーションは多々あると思うが、どんなんでも夫はこんな様な気持ちになるんだろうな、と思った。
そんなある日、妻に突然こう言われた。
「もしかして、イモムシ家ん中に入れてない?」
ギクッとした。少し背筋が冷たくなった。
「え、何で?」
図星の時は、人は必ずこう言う。
「ちょっと気になる事があってさ。」
どうしよう。こんな事がきっかけで取り返しのつかない結果になってしまったら。もはやピンチなのはイモムシだけでは無くなってしまった。
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