欽ちゃん劇団

欽ちゃん劇団ブログ

過去の書き込み

2017年9月分の書き込みです。

第十四章

チョーちゃんに「誕生して十七日目の朝」が来ていたのかどうかは分からない。
そう考えると今まで自分に沢山の朝が来ていたのは実はラッキーだったのだ。そして「今朝」も私には来た。
妻は小さく別れを告げて出かけた。
その後すぐに鉢を用意し、その中央にチョーちゃんを埋めた。そしてその地点に一つグレープフルーツの種を植えてみた。
グレープフルーツの種…。全てはこれから始まったんだ。
続いて中央から少し外れた位置にサトウミズスワセに使っていた爪楊枝を墓標の様に刺してみた。
頭の中でRCサクセションの「ヒッピーに捧ぐ」が鳴った。
「お別れは突然やって来て、すぐに済んでしまった」
その日を境に原点に帰る事にした。
私は植物人間だった。
私は葉っぱをやる人だった。
私は何故か葉っぱが好きなのだ。
ここのところ蝶の事ばかり目をかけていたので正直葉っぱを疎かにしていた。だからもう一度緑と向き合おうと思った。
依然としてアゲハ蝶は我が家にやって来て卵を置いていった。
しかしもうそれはそのままにして自然に任せることにした。
出来る事と言えば、種を植えてイモムシが食べる用の葉っぱを増やす事だけだ。気分は定食屋のおばさんだ。どうぞどうぞ、おいでおいで。


三週間程経った朝。いつもの様に鉢に水をやりに外に出ると、チョーちゃんを埋葬した丁度その地点から小さな芽が出ているのを見付けた。
その芽は今もゆっくり育っている。朝見ると茶イモがいてちょっとかじっていたりする。駄目だ、これは食べちゃ駄目。別の鉢に移す。
これを育て、あわよくば木になったら、ゆくゆくはその木に乗り移ろうと思った。

(終)

第十三章

妻のネーミングにはちょくちょく驚かされる。
ある日、朝に外にあるグレープフルーツの鉢にイモムシがいたのを発見したので、保護しようと指に乗せ室内に戻ろうとした時に、偶然大家さん(男性)と鉢合わせした事があった。
私はすぐに右手を柔らかく握り、人差し指にいたイモを内側に隠した。
大家さんに「部屋を貸している中年男性が朝からイモムシを手に乗せていた」と知られたら流石にマズイと瞬間的に思ったのだ。
「おはようございます。鉢に水やりですか?」
「あ、おはようございます。そ、そうですねはい。」
「今日は晴れそうですね。最近はずっと曇りでしたからね。」
「そうですね、洗濯物も乾きますし助かりますよ。」
「あそうだ。外の池の所にブクブクいうモーター付けたんですが夜とか音うるさくないですか?」
「いや、全然聞こえないですよ。大丈夫です。」
こういう時は何故か会話がすぐには終わらない。二、三分だろうか、右手にイモムシを隠し持ちながらの世間話が続いた。
その日の夜に「いやー、こんな事があったのよ。」と妻に大家さんとの遭遇を話した。
「まあイモ持っているのはバレなかったから良かったけど、見つかっていたら相当怖がられたかもね。」
「へー。じゃあそれは…『イモニギリ』だね。」
「え?…あっ…、また名付けたな。シチュエーションにまでネーミングしたな。」

そんな妻がネーミングしたチョーちゃんは元気に生き続け一週間を経過した。
毎日スワセをする為に羽根をつままざるを得ないので模様は若干薄れ、羽根も少し欠けたりしてしまってはいるが本体は大丈夫そうで、時々室内に放したりしたがうろうろ歩いたりあちこち昇ったりパタパタ羽ばたいていて元気だった。
馬鹿馬鹿しいとは思ったがまるで子供がオモチャの飛行機をブーンと飛ばして遊ぶ様に、時々チョーちゃんの羽根をつまんで空を飛んでいる風に室内をブーンと「飛んでいる体験」をさせたりした。
自力で跳ぶことが出来ないならせめて飛んでいる感じと風を感じてもらえればと思ったのだ。
そんな中、他のイモは次々とサナギになり羽化して旅立っていった。そんな姿を私とチョーちゃん(たまに妻)は見送り続けた。嬉しさと切なさが半々だった。
「チョーちゃんも外に出たいかな。いつも人工の砂糖水ばかりでかわいそうだし、つまんだまま外に連れ出して外の空気を吸ってもらったり、生えている花に乗ってみたりのリアルを感じてもらおうかね。」なんていう考えが浮かんだ。
自宅付近には自生している花もあるので思い切って連れ出す事にした。しかしその姿を露骨にさらすわけにはいかない。
アゲハ蝶をつまんだまま近所を徘徊する姿はマッド過ぎるので、イモニギリのスキルを使い右手でチョーちゃんをつまみ、左手でそれを丸く覆い隠すスタイルで、しかも基本的には「近所に生えているお花を愛でている、という目的で散歩している」という雰囲気を演出しながら外に出てみた。
とりあえず生えている色々な花にチョーちゃんを乗せて回ってみた。
すると我が家のアサガオでは反応なかったが、近所の名を知らぬ幾つかの種類の花には自分からゼンマイ状ストロー吸い口を伸ばし、蜜を吸っている様子だった。
もう飛べない事は明らかだったので花に乗っている時は手を離して、落ちないように注意しながら見守った。
もし誰かがその姿を見ていたとしても、まさかアゲハ蝶を散歩させているとは思わないだろう。そう思ったので少しずつ堂々とすることにした。
その日からなんとか毎日「チョーちゃん散歩」を実行した。勿論スワセも行った。二週間経ったがまだまだ元気だ。室内では黙っていると「パタパタパタパタ」と羽ばたきが聞こえる。その頃にはチョーちゃんは「居て当たり前」の存在になっていた。
しかし十六日目の朝、いつもの様にバケツを覗くとどうも様子がおかしい。覚悟はしていたので「ついにこの時が来たか。」と冷静に受け止めた。
妻も心配していたが、悲しみより、ここまで頑張って生き続けたチョーちゃんを讃える気持ちが勝っているらしくしっかりと現実を受け止めている様だった。
その日は散歩はせずに朝のスワセのみにした。
後ろ髪引かれたが仕方ない。動きの鈍くなったチョーちゃんを残し、外出した。
夜帰宅すると、その雰囲気は
「今夜が峠」
だった。

第十二章

イモとの生活が始まってから蚊取り線香を焚けなくなった。
実際あの線香がイモに悪影響なのかどうかは分からないが「殺虫の為の物」となれば避けざるを得ない。よってそれまでの夏の風物詩であったあの香りが今年は消え、そのかわり室内にいかに蚊を入れないかの取り締まりがより強化された。
そこにきて今度は飛べないとは言え成虫となった蝶との同居がスタートとなったら完全に蚊取り線香は封印である。あの香りが好きでもあったので少し寂しかったが仕方ない。
そうして思わず始まった8番との同居。改めて妻に確認するとどうやら今までのルール「目に入らない所でならOK」が適用可能との事なので晴れて公認入居となった。
さあ、どうしていこうか…。一先ずまた調べを入れてみると、こういうケースは珍しくないらしく色々な体験談を読むことが出来た。
単純に砂糖を溶かした水を与えれば良いらしいが、手厚く世話してもせいぜい一週間程の生命であるとの事だった。
なるほど、だとしたらその一週間を共に謳歌せねばと思った。
早速住み処を作る。
サナギを孵化させていた小さなバケツ状の入れ物をそのままのセッティングで使う事にした。
内部はタオルをふんわりと置いているのでつかまりやすくなっている。その底の中央にペットボトルのフタを置き、半分砂糖を入れ水を一杯に落とし、かき混ぜてティッシュを丸めて中に入れ砂糖水を含ませる。それを「花として吸ってはくれまいか」と促すべく設置してみた。
しかしやはりそれをチューチューすることはなかった。これは少し補助してやらないといかんなと覚悟を決めた。
思いきってバタバタする8番の羽をつまみ、ゼンマイ状のストローの様な吸い口の横からその中央に向かって爪楊枝を入れ引いて吸い口を伸ばし、その先を砂糖水で潤ったティッシュに付けてみた。伸びたら吸い口は2cm位の長さになった。結構長い。
勿論8番は羽根や足をバタバタさせて暴れたし何度も爪楊枝を足ではじいて失敗したので「やはりちょっと強引だったかな。」と止めようと思ったが他に手が思い付かなかったので暫く続けていたら、遂にその吸い口の先をティッシュにポンポンつついて当てる様になった。
ポンポンしている間は足をジタバタさせることなく落ち着いてティッシュにつかまっているので「この感じは、ちょっと吸っているみたいだな。」と思った。
今度はティッシュを外して直接砂糖水に先を付けてみた。すると正にストローでチューチュー飲んでいる様にそのまま大人しく吸ってくれた。
「なんだ、直接砂糖水のシステムで餌やりはなんとかなりそうだな。」と一先ず安心した。
ひとしきり飲ませた後は再びティッシュに砂糖水を含ませそのままバケツの底に設置して8番も中に入れた。すると8番はスサササと歩いてきてティッシュの上に乗り止まった。その後そこが定位置となった。
見ていない時に自主的にチューチューしているか分からなかったがとりあえず定期的に栄養は与えねば、と思い「つまみ砂糖水吸わせ」は朝夕の二回行った。
不安だったがこういった荒療治的な飼い方を始めて二、三日が過ぎた。8番も元気にバタバタやっているので安心した。
「ああして無理矢理吸わせているが実際に吸って栄養になっているのだろうか。」と思っていたがこうやって元気にしているのだから大丈夫だろう、と思うことにした。
段々と「ツマミサトウミズスワセ」のスキルも上達してきた。(恐らく)最低限のストレスで羽根を捕まえてゼンマイ吸い口をスイっと伸ばせる様になってきた。そして吸っている間は大人しくなり、手をはなしても大丈夫な様になった。
そんな様子に妻も興味がある様だった。私がスワセをやっていると必ず見に来た。ああそうだ…彼女は「人がモリモリ食べているのを見るのが好き」だったのだ。このケースは「モリモリ食べる」ではなく「チューチュー飲む」だがこれも有効だったのだろうか。
四日ほどしたら、夕方妻は帰宅するとすぐにバケツの所に行き覗きこんで8番の姿を見るまでになった。
「ただいま。えぇっと元気かな?」
「お帰り。さっき砂糖水新しくしてあげたんだけどバタバタ元気に吸ってたよ。結構まだまだ生きるんじゃないかな。」
「へー。良かったねー、チョーちゃん。」
「え?…チョーちゃん?…まさかまた名付けた?」
「うん、蝶のチョーちゃん。」
なんと安易なネーミング…。ヒ、ヒドイ、と思ったが、なんだかそのストロングスタイルのヒドさが面白かったのと、やはり名付けてくれた事が嬉しかったので乗る事にした。
8番は今日から「チョーちゃん」になった。