欽ちゃん劇団

第十一章

2番は気が付くと、近くに張り付けていた割り箸にうまいことぶら下がって羽根を乾かしていた。ちょっと出かけている内に産まれたのでその瞬間はまた見れなかった。
3番は1番と全く同じ状況になった。朝見ると産まれのパターンだ。
4番は初の黒アゲハで夜にちょっと目を離している内に産まれた。サナギになって産まれるまで十二日かかった。中々その瞬間を見る事が出来ない。何かそういう視線を察知して産まれる瞬間を見させない、気付かせない能力があるのだろうか。
5番も在宅中だったが見れなかった。
旅立ちもそれぞれだった。一目散系もあったが「別れを惜しむ」系もいて感傷的になったりした。
そんな孵化ラッシュの中で「セブンになる様子」や「セブンからサナギになる様子」は目撃する事が出来た。ムービーも撮った。初めて見るその行動は衝撃的だった。
激走後のイモは体を設置する場所を決めるとまず壁に逆さまに縦にとまり口から出した糸で小さな足場を作り、そしてまたクルリと縦に壁にくっつき足場に足(というか体の末端)を乗せる。そして口で壁に糸を付け伸ばしてきて、自分の後頭部の周りをクルリと器用に回して糸の反対側を壁に口で付け、ちょうど首にタオルをかけたみたいな形を作り(そのタオルの両端が顔の前の壁にくっつけてある、みたいな)その糸にグッと後方にもたれてちょこんとお辞儀をした体型を作る。その時にグググッと体が半分以下の大きさに凝縮される。そんな職人技を使いセブン状態になった一日後に、ズルズルと体をくねらせながら脱皮をしてイモのビジュアルを捨て去り緑一色のサナギに変化する。この脱皮の様は「着ていた浴衣を手を使わずに体のクネクネだけで脱ぐ」といったかくし芸を思わせた。
見事だった。月並みな表現だが不思議な光景だった。
こういう過程だ、という決まりがこの一つ一つのイモにプログラムされていて、それが当たり前の様に展開されていく。
本能。もうそうなんだから仕方ない、そうなります。考えて、とか理屈じゃない力強い進行。この感覚が羨ましく思った。

その後、7番が6番より先に産まれたり等のイレギュラーはあったりしたが順調に我が家からアゲハが巣立っていった。このまま全てのイモが普通に蝶になっていくと思っていた。しかしそうはうまくいかなかった。ある事故が8番の身に起きた。
過信していたつもりはなかった。いつもの様にバケツをセッティングして万端だと思っていた。
8番も日中に孵化しなかったので「またアサミルトウマレかな?」と思いその日はいつものバケツセッティングをして寝た。
そして朝。バケツを覗くと8番は産まれてはいたがバケツのそこのむき出てしまっているツルツルの底でパタパタともがいていた。
その周りのタオルには黒いりん粉が広範囲に付いていた。恐らくサナギから出たもののタオルや割りばしにつかまりきれず底に落ちてもがいている内にタオルもはげてそのままツルツル面の上で格闘していたのだろう。
すぐに手で救い出してみたが、その姿に絶句した。
羽根が平らに固まりきる前に底に落ちてしまった8番の羽根は丁度半分の辺りで内側に曲がってしまっていたのだ。
なんとかならないかと羽根をチェックしてみたがもうすっかり固まってしまっていた。ドライヤーで温めて伸ばしたら、等と考えたが無理だとすぐに気付いた。生き物なんだよ、ワイシャツの襟じゃないんだ。
当然8番は飛べなかった。
パタパタ全力で羽根動かすが空を舞う事は出来なかった。
8番も思っているに違いない。「あれ?こうしたら飛べる筈なのに。おかしい。」と。
もっと注意してセッティングするべきだった。
8番は飛ぶために産まれてきたのに、8番は何故飛べないかを知らない。
私のせいだ私のせいだ私のせいだワタシノセイダワタシノセイダワタシノセイダワタシノセイダ…。
取り乱した。
その時に強烈に思った。
「そもそも私が保護して孵化させるなんて事が不自然なのではないか。」と。
8番は私と出会わなかったら今頃は大空を優雅に舞っていたのではないか、と。
妻も全てを見ていて落ち込んでいたが、まだ私より冷静だった。
「でも家に来なくて外にいたまんまだったらイモの時に食べられたり死んじゃってたかもしれないんだからさ。沢山おいしく葉っぱ食べて一応蝶になったんだから良かったんだよ。」
「…まあそうだけど、しかしこれはちょっと残酷な事しちゃったわな…。」
「でも生きてんだから、まだ。」
「…うん。まあ、そうだよな。うんよし、こうなったらこのまま8番を飼うしかないかな。」
事故や事件を無駄にしない唯一の方法は「再発しない努力をする」だろう。ならば教訓を生かしこれからの産まれてくる準備はより一つ一つ丁寧に気を張ってやっていこうと決意した。
そしてこれからどれだけケアしてあげれるか分からないが出来る限り8番の世話をしていこうと決心した。
「しかし、こういう蝶ってどうやって飼えば良いのだろうか?」
こうして思わぬ形でアゲハ蝶8番との同居が始まった。
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