第七章

これが俗に言う「夫は妻に隠し事は出来ない」という代物か。
上手いこと本棚の陰に潜ませていたのでパッと見では分からない筈だ。ではなんで気付いたのだ。実は日頃から色々持ち物チェックされていたのか?はたまた例の「女の勘」か?
「え、何かあったの?」
人は心にやましい事があったら必ずこう言う。
「いや、なんかね、夜中とか静かな時に部屋ん中で小さくサクサク音がする様な気がして。」
「ぅへ、あ…それでか。それに気付いたんだ。」
「え?やっぱりいるの?」
妻の顔が曇りだした。
「あっ、えぇっと、ゴメン。あの、実は何匹か家ん中に匿ってます。」
そう切り出して先ず丁重に謝り、とりあえずこれまでの経緯を説明してみた。ちゃんと耳を貸してくれた妻に感謝した。すると妻がこう言った。
「ちょっと見せてごらんなさいよ。」
イモ、そして私の順に即刻ツマミ出されるかと覚悟していたが返事は意外だった。
「わりとデカめになっておりますがよろしいでしょうか?」
「いいから。はあぁ、あぁそんな所に置いてた訳ね。なんか密やかにサクサクサクサク聞こえる筈だわ。」
「この葉っぱの所にいます、はいこれね。大丈夫?だいたいこれで産まれてから2週間位。大丈夫?」
「ぅぉおぉぉっと、なるほどぉ。ジッとしてるのね。」
「そうだね。動きは常にゆっくりだね。葉っぱ食べる時とかも。」
「へー。」
そして妻がまた意外な事を言った。
「このカップじゃ狭くないの?」
「え?あぁ、いや、隠れて飼ってたからまあこれ位じゃないと隠しきれないしね。」
「ふぅん。なんかちょっと窮屈そうかな。」
「まあそんなに動き回らないので大丈夫だと思うんだよね。何せ初めてだからこれからどう変化していくか分からないから。また様子が変わってきたら対応していこうと思っていますよ。」
「やっぱりこれからも対応していくつもりなんだ。」
「あっ、いやっ。その、嫌だよね。ゴメンね、とりあえず外に出すわ。」
「いや、いいよ。話聞いて現物見たらそんなに嫌じゃなかったから。その代わりちゃんと隠してよね。」
「おっ。本当に?ありがとう。隠すよ、隠す絶対に。」
隠し事がバレた結果、それを隠す事を約束するという幻惑的な結末になった。公認になったというか「我慢してもらう事になって頂けた」という感じだ。それでも良い、最高だ。それ以来妻の在宅中でも見せないようにしながら世話をする事が可能になった。

その後の同居は順調で、妻もイモの存在を余り気にしていない様子だった。そしてカミングアウトした翌日、妻に背を向けガードしながらイモ達がサクサクしているところを見ていた時、ふいに後ろから妻が話しかけてきた。
「葉っぱ食べてんの見てんの?」
「うん、なんかいよいよ食欲が凄い事になってきていてね。元気元気。あ、ゴメンね、しまうから。」
「そんなに食べるの?ちょっと、見せて。」
一瞬驚いたが、これでホイホイ言われるままに見せてやっぱりショック、みたいになるのではないかと警戒したが意外にもその興味津々具合が前のめりだったので思いきってホラと見せてみた。
その時見せたイモムシは体長6cm位でその食欲もうなぎ登りといった感じで必死に葉っぱを食べていた。
「へー、いい食べっぷりだね。なんかちょっと好感持てるかも。」
おっ、あぁそう言えば妻は大食いの番組が大好きだったな。人がモリモリ食べているのを見るのが好きだ、と言っていたのを聞いた事がある。それがまさかイモムシ対象でも有効だったのだろうか、暫く妻はイモを見つめていた。
「ちょっと調べてみたら、黄緑イモになって8、9日したら食欲がピークになっていよいよサナギになる準備に入るらしいね。色々調べて読んでみたけど、どんなプロセスなのかは実際見てみないと分からないからね。」
「だとしたらちょっと目が離せないね。へー、これ、葉っぱ足りてるの?」
「うーん、これからどれだけ食べるか分からないから気にはしてるんだけど。」
「お腹空かせない様にちゃんとあげてあげてね。」
その後も妻は何度も自主的にイモの様子を見に透明カップを覗きに行っていた。翌朝、すっかり葉っぱが無くなっているのを先に発見して
「葉っぱ無くなっているよ、入れてあげて。なんかひもじそうにしてるよ。」
と、「食」というテーマでイモにアイデンティファイした妻はすっかりイモ派になった様子だった。
不思議なものだ。本気で苦手、嫌いだったモノが何らかのきっかけにより転じて大丈夫に、もっと行くと好きになったりする。それは素晴らしい事だと思うが、人の心のうつろいやすさも示している。逆もある。あんなに好きだったのに今では…。しかしそれが人間。標準装備された機能。気にはしても気にやむ必要は無い。本気だったら堂々と心変わりして行けば良い。

妻に促されカップをチェックしてみた。確かに葉っぱはきれいに無くなっていたがどうもイモの様子が変だ。何か期待や想像を越えた変化が起きているみたいだった。
何なんだこれは。これはどっちなんだ?
大丈夫なのか、まさか、病気か?…。
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