第一章

{CAPTION}
「これって種だよね。」
種といえば、あのペラッペラの紙の袋に真空パックされて売られている、つまりは買う物だというイメージが強かったので普段食べている果物から出たタネは生ゴミであり、それがあの種であるという認識は薄かった。
「でも、これって…種だよね。」
5月のある日、グレープフルーツを食べていて思った。いつもなら食べた後に皮と一緒に当たり前の様に捨てる白くコリッとしたこのタネをもし植えたら芽が出るのだろうか。そしていつの日かそれが樹になり実がなりそれを食べる、なんて素敵な展開が起こりうるのだろうか、と。
早速翌日土と鉢を用意しポツポツとタネを植えてみた。毎日水をやり肥料も与えてみた。今までも植物を育てるのは好きで買ってきたアサガオの種を植えて、その年取れた種を翌年も植えたり等はやっていたがまさかあのタネからは無理だろうと期待はしていなかった。
すると6月に入ったあたりに深い緑色の芽が出現。パッと丸い葉を開いてスクスクと成長していった。
その後それは年に10数cm成長、鉢もそれに合わせて少しずつ大きくし、3年経った辺りでワッサリと葉が茂った植物に成長した。
これを地面にちゃんと植えていたら今頃もっと大きくなっていただろうが残念ながらそんな土地は無いのでなんだか申し訳なかった。
鉢での生育には限界がある。しかしいつかこれをしっかり根を張れる場所に移し、実を収穫してみたい。それを遠い目標に毎日鉢に水をあげていた。
ある朝いつもの様にグレープちゃん(と呼んでいる)に水をあげていたら、その葉っぱに直径1mm程度の小さな薄い緑色の球体が幾つか付着しているのを発見した。
知識は無かったが直感でこれは何かの卵であると思った。
やめてくれ、と思った。
おそらくこれから何かが産まれたらこの葉っぱを食い荒らすのだろう。大切に育てているこの葉っぱを横取りしようと言うのか?冗談じゃない。何の卵か知らんがそれは絶対に許さん、とばかりに見付けた卵は葉っぱからむしり取り捨て去った。
その日から毎日の様に葉っぱにその卵を見付ける様になった。勿論見付け次第駆除した。そんないたちごっこが続いた。
「これ、何の卵なんだよ…。」
それから毎日ちゃんとチェックしていたつもりだった。でもやはりパーフェクトではなかったらしい。ある日葉っぱに体長3mm位の茶色いイモムシが付いているのを発見した。見落としていた卵から産まれたのだろう。
出たな…おまえ、本当にやめてくれ!と思った。しかもちょこっとだが葉っぱを食べていやがった。
勿論直では触れないので割り箸で掬い取り振り捨てた。この害虫めが!の感じだ。
その後も何度か産まれてしまった茶色を見付けては取り、卵も発見し次第排除する日々は続いた。
そんな戦いをしている内にある日決定的な瞬間に遭遇する。
午前10時頃、いつもの様に水やりと諸々チェックをしていたら上空からアゲハ蝶がフラフラとやってきてグレープちゃんに止まり素早く卵を産み付けて飛び去った、その様子を目撃してしまった。
お、おまえか…と。
この戦いの元凶はアゲハ蝶にあった訳だった。
しかも葉っぱの裏側に産み付けるという巧妙さ。卑怯な…。
敵が判明した。ハイハイ、おたくのやり口は分かりましたと。で、今の卵は即排除と、ご苦労様でしたと!
それから日々のルーティーンに卵、茶色チェックに「アゲハ蝶が来たら追っ払い」の作業が加わる事となった。何故かアゲハ蝶は午前10時頃にいつも来た。これはプログラムされた悲しい虫の何かなのかな?と思いながら飛んできたら手で払った。
そんな攻防が続き、その夏は終わった。葉っぱはチラチラ食われたが悲惨な事にはならなくて済んだ。
この戦いは翌年も、その翌年も繰り返され、いつしか私の夏の風物詩になっていた。
  • Category: 飯野雅彦
  • Posted by: 飯野 雅彦
  • Comment : (0)

コメント