欽ちゃん劇団

欽ちゃん劇団ブログ

過去の書き込み

2017年7月分の書き込みです。

第六章

「外に放し飼いしていたら全滅するかもしれない…。どうしようか?」

イモムシを放置して観察してみる事はそれとなく妻には話していた。
「遅れに遅れた小学生の夏休み観察日記みたいで今更バカみたいだけど、なんかちょっと興味がわいてね。でももし蝶になったら面白くない?」
「へぇ、ちゃんとなるのかな。面白いけど難しくない?」
「分からないけど挑戦してみますよ。で、今さ外の鉢にイモムシいるんだけど見る?」
「えっ。いや、ちょっと私虫苦手だからいいや。」
「そうだったんだ…。」
「昔、サラダ食べていたらイモムシがいたってことがあって、それ以来ちょっとダメなんだよね。」
「そっか、ゴメン、ゴメンね。勝手にやってるから気にしないでね。」
かつてそんなやり取りがあった。なので例えば鉢ごと室内に入れて飼う、等とは絶対に無理だろう。近辺に共存は可能だろうが室内に同居には妻の同意が必要だ。つまり不可能だ。
方向性を見失っている内にイモムシに変化が現れ始めた。
卵から産まれて1週間程経ち体長3cm程に成長した茶イモ達が軒並み黄緑色の第二形態になり始めたのだ。黄緑ベースに黒や白、青いラインが入って頭の横に目の様な模様があるというかつて図鑑とかで見たことがあるあのスタンダードな形だ。
茶イモから黄緑イモにはどうやって変化するのか長年の疑問も解けた。簡単だ、脱皮していた。葉っぱの上に茶色い脱け殻が付着していた。
そして黄緑イモはその食欲も第二段階に来ていた。サクサクと良く食べる、その食べっぷりは痛快。葉っぱにしっかりしがみつき小さな前足で端を挟み掴みながら縦に葉っぱを元気に食べていく。イモの口先は蟻の牙の様な形態になっているので、我々が食パンを食べる様に面を横にしてではなく縦にサクサクと体全体を使い深々とお辞儀をするように葉っぱの側面に沿って食べ進んでいくのだった。
それはまるで葉っぱという大刀を真剣白羽取りで掴み、そのままその刃を縦にワシワシと食べちゃうみたいな勇ましさ。しかしその姿はどこかコミカル。
そして葉っぱを食べている時に注意深く耳を済ましてみると小さく「サクサク」と咀嚼する音が聞こえる。この音がまた風流で、なんだか健気で心を打つのだ。
この様に気が付くと、日に日にプクプクと成長するイモの姿にすっかり魅力されてしまっていた。
なんという事だ。去年まで敵としてあんなに毛嫌いしていたのに今や愛しの存在に。
まずいことになった。外出している時も気になって仕方がない。イモ達は無事だろうか?事実そうこうしている内にメンツも減っていった。あぁは、もう躊躇している場合ではない。
「もうやるしかない。こっそり室内に保護すべし。」
作戦開始。ガッツリ虫かごだとバレるので透明なカップ(アイスコーヒーLカップ)に黄緑イモ1匹と葉っぱを数枚いれた物を一先ず3つ、本棚の陰に隠して飼ってみる事にした。これなら分からないだろう。ルールは「黄緑になったら室内に入れる」とした。
妻がいない時を見計らってこそこそイモのケアをした。生き物を飼うスタンダードな方法となんら変わりはない。コップの中の掃除、葉っぱの入れ替え、フンの排出。イモは葉っぱしか食べないのでフンは乾燥した小さな丸っこいヤツなので掃除しやすかった。しかしコップからイモを一旦出すのが大変だった。最初は棒になんとか乗せて出して、みたいな事をしていたがいい加減面倒臭くなってきて、少しずつだが恐る恐るイモ自体を突っついたりと触れる様になってきた。
毛虫みたいに「触ったらかぶれたりするのでは?」と長年警戒してきたがどうやら大丈夫みたいだ。しまいには慣れて全然平気につまんだり指に乗せたり出来る様になった。個人差あるかもしれないが病気的な面では全く問題は無かった。

申し訳ないとは思いながらも妻の知らない内に始まったイモムシとの同居。虫が苦手な妻は知らない内にイモムシと一つ屋根の下寝食を共にしている。あぁ、スマン…。「でも、いつか話そう。」と思いながら数日が経ってしまった。その頃にはイモの体長は5cm位の立派な物になっていた。
「話すって言っても、こんな結構ガッツリしたイモムシになっちゃってんのを見せる訳か?どうしよう。」
妻に隠し事、のバリエーションは多々あると思うが、どんなんでも夫はこんな様な気持ちになるんだろうな、と思った。
そんなある日、妻に突然こう言われた。
「もしかして、イモムシ家ん中に入れてない?」
ギクッとした。少し背筋が冷たくなった。
「え、何で?」
図星の時は、人は必ずこう言う。
「ちょっと気になる事があってさ。」
どうしよう。こんな事がきっかけで取り返しのつかない結果になってしまったら。もはやピンチなのはイモムシだけでは無くなってしまった。

第五章

争いの時代は去り、共存の時代に入った。
一先ずは放っておくこと。葉っぱに卵を産み付けられてもそのまま。今まで植物ちゃん達にそうしていた様に自然に任せるのだ。するとアゲハ蝶はいつもの時間にやって来て半信半疑な様子だ。
「ひらひら、ア、あれ?オ、おはようございます…。」
「おはようございます。」
「えぇっと、いいんですカネ?卵、置いてっちゃって。」
「構いません。思う存分どうぞ。というか、今までの事は申し訳ないと思ってます。心境の変化がありまして、これからはサポートしていきたいのでよろしく。」
「あ、そうなんですか。気にしてませんノデ。こっちも卵を何千と産んで最終形態に辿り着くのは2、3匹みたいな世界なんで覚悟してますカラ。」
「そうなんだ。大変なんですね、こっちも勉強させてもらいますよ。では、ごきげんよう。」
「デハ、ごきげんよう。」

1週間程放っておいてみると、役目が終わったのかアゲハ蝶はパタッと来なくなり、1つの鉢に平均4〜6、全体で25〜30個の卵が産み付けられた、という結果になった。
ちょっと引いた。放っておくとこんなになるんだ、という驚きと、これだけの数の生命をサポートしていけるのだろうか、という不安。でもなんとかやってみよう。もしこれから産まれたイモムシが蝶になって羽ばたくのを見れたら…それを考えたら多少の事は苦ではない。
しばらくすると直径1mmの薄い緑色だった卵が茶色に変わり、そこから体長3mm位の小さな小さな茶色いイモムシが誕生し葉っぱを食べ始めた。
食べなさい食べなさい。大切な葉っぱだがまだ沢山あります。好きなだけサクサクしていきなさいな。
茶色イモは最初は1日に小指の先程の量の葉っぱしか食べないが、成長する程にその量は増えていく。
こうして初めてまじまじと観察してみると実に興味深い。産まれてから1週間程までの第一形態のイモムシは一般的に茶色い体の中央少し前方に横に白い線が入ったカラーリング。諸説あるそうだがどうやらこれは「鳥のフン」の擬態をしているらしい。
想像する。イモムシにとっての天敵は鳥。そしてイモムシ達は考えた「どうすれば鳥についばまれないか 」。そう考え続け命を繋いでいく内に一つの結論に辿り着く。
「鳥のフンっぽけゃいいじゃん」
そして遂に第一形態イモムシは産まれた時から鳥のフンっぽくなるまでに進化するのだ。
凄い発想だ。普通思わない。敵のフンっぽけゃ食われない。それだけじゃない。そうなりたいと思い続け実際フンっぽく産まれるまでになる。体現する。恐れ入ります。
しかしこういう意思の力が巻き起こす奇跡というのは余り神秘化してはいけない気がする。
生き物全般、勿論人間にもこの力が備わっているはずだ。生き物であれば素直にそれを受け入れればその力を発揮する事は出来るはず。受け入れるか否かだけ。シンプルだ。
おそらくその事を当たり前の事として素直に受け入れて実践しきれていない唯一の生き物は人間だろう。
人間の知性は宝なのか十字架なのか。

気が付くとグレープちゃん等の鉢達の葉っぱが随分少なくなりイモ達がスクスクと成長している。しかしその数をチェックしてみると卵から産まれたイモの全てが残っている様ではないみたいだ。恐らく擬態しても鳥や他の生物に見つかってしまったり何らかの病気になってしまったりで減ったのだろう。
このまま外に放し飼いしていたら全滅してしまうのでは、そんな考えがよぎる。
外敵からイモムシを守らなくてはいけない。
どうすればいいのだろうか?

第四章

「花はやらないんだね。」
妻に指摘されて、ああそうかと思う。アサガオだけは引き続き毎年育てていたが他に「いかにも花です」みたいな子はやっていない。
「葉っぱが好きなのかもしれない。小さな芽だったのがドンドン大きく太くなって葉っぱがワサワサしていって木になる感じが楽しいのかな。まあ花が咲く木も多いし区別していきたい訳じゃないけど。なんだか花より葉っぱの方が美しいと感じるんだよね。」
「へぇ。」
「これからも花は積極的にはやらないと思う。葉っぱしかやらないと思う。」
「それも外では言わない方が良いよ。」
花は散る。それが悲しいからという訳ではなく、私はコツコツ成長して結果ドーンと居座り、ワッサリと葉っぱが茂る木という生き物に何故かシンパシーを感じるのだ。
各々が30cmから1m位まで成長したまだ木の子供みたいな我が家の木ちゃん達(まとめてそう呼んでいる)もゆくゆくは地面に立たせたい。そうすれば恐らく私が死んでも生き続けるだろう。その時は私はその木ちゃんに乗り移ろうと思っている。
「そんな事出来るの?」
「試してみる価値はある。木の守護霊になる訳ね。」
「そういう木が邪魔して建物が建てられない伝説とかあるよね。」
「建物を作る方が邪魔って思いますね。邪魔しているのはどっちだ、と言いたい。」
「植物サイドからの発言が出た。」
「そりゃそうですよ。私は植物人間だから。」
秋から冬にかけての鉢に動きは無い。葉っぱも散り見た目があまりにも枯れた雰囲気になる物もあるので「死んだか?」と思う鉢も少なくない。今までいくつかもう駄目かと勝手に判断して鉢から抜きバラしたことがある。しかし春になってバラしたままなんとなく置いておいた子から芽が出ているのを発見して慌てて鉢に植え直したなんて事もあった。その後その子は立派に成長した。
結局、勝手に判断せずに放っておけば良いのだ。植物ちゃん達は我々の貧弱な想像を遥かに越えた生命力を持っている。ただただ上へ上へと目指して行けば良いという訳がない。枯れた風なその佇まいにも生きる為の知恵や目論みが凝縮されているのだ。

そして新居での2度目の春が来た。
3月に入った辺りから鉢に動きが出てくる。コッチコチになっていた枝から不釣り合いな程瑞々しい小さな緑がプッと顔を出す。
この4、5ヶ月間留守になっていた空き家に春と共に魂が渡り鳥の様に戻ってきて「さて」とばかりに活動を開始する、そんな感じ。
そうして新芽が出て葉っぱが揃ってきたな、と感じる5月にやはりまたあいつらも帰ってくる。
今年もか、ドウモドウモ。しかし毎年あんなにつれなく追っ払っても必ず春になると来るんだね、アゲハ蝶よ。おまえは冬の間どこにいたんだ?この4、5ヶ月間何らかの形態を保ちながらこうして羽ばたくのを夢見てじっと我慢していたのかい。そうか、そうなんだよな?
そう思うと泣けてきてしまった。
当たり前だが、アゲハ蝶はそんな私を責める素振りも見せず自分達の未来の為にやるべき事をやって飛んでいく。この為に生まれてきたのさ、と言わんばかりに。
あぁ、すまなかった。今まで、本当にすまなかった。そうして繋がれたせっかくの命を私は今まで…あぁ。
そんな風に思ってしまった以上もう葉っぱに産み付けられた卵を取る事など出来なくなってしまった。
排除など出来るはずがない。この直径1mmの小さな卵ひとつひとつには将来空を飛ぶ、なんて事が出来る生命体がコツコツとこれから生きる準備をしているのだ。
何かが私に問う。
「おまえは空を飛べるか?」
「飛べない。」
「そんなおまえにこの卵一つでも生きる邪魔をする権利があるか?」
「…無い。」
あぁぁわ分かった。もう分かった。正直言って興味がわいてきていたし、素直になりここに宣言する事にしよう。
「決めた。今年はサポートする。イモムシを育ててみる…。」

第三章

「10時か…そうか。」
来たか…良っくまあ見付けるよね。なんで引っ越してもまたこんな小さな鉢を探し当てて卵を産み付けに来るかね…アゲハ蝶よ。
「近場のお引っ越しでしたよね、でもそれもお見通しなんですよ、逃げられませんからね。」とばかりに5月に入ると前と同じ様に午前10時頃にまたうちの鉢めがけてアゲハ蝶がヒラッヒラとやって来るようになった。
この数年の観察によりアゲハ蝶は我が家の柑橘系の葉っぱ(グレープちゃんやオレンジちゃん等)にしか卵を付けないのは分かっていた。近所の公園等で自生している柑橘系の木は沢山あるというのに良くまあこんな小さな鉢の小さな葉っぱを見付けて産んでくれるよな…。そっち行けって。こっちは細々インディーズでやってるんだから見逃してくれよ。せっかく瑞々しい可愛い葉っぱが出てきたと思ったらわざわざそこにピッと卵を置き、そしてこっちが見落としたら最後その美味そうな葉っぱから食べていくのだ茶色が。
グルメか!若い芽を摘むというやつか?摘むなよ、育てて実を食べるのが目標なんだから…。
よって移転してもあの夏の風物詩は新天地にて継続となった。
卵、茶色イモムシは発見し次第取り除き、アゲハ蝶は来たのを見かけ次第威嚇して追っ払いのルーティーン。もう慣れたものだ。
「あっ、こんな所にも居やがる。ゲッ、この茶色イモ、結構デカくなってんなぁ。ハイどうもね、サヨウナラね。ナニこの卵、ちょっと茶色いなぁ。もうすぐここから出てくるのか?あれ?この茶色いイモは他のイモとちょっと形と色合いが違うなぁ。まあ、いずれにしても排除です。ハイハイお疲れ様です。」
見付けても潰したりはせずそのまま捨てた。それが情けだ。
この戦いは毎年9月頃には終わった。秋になるにつれて連中の姿も見なくなり、植物達も古い葉を落としながら少しずつ越冬の覚悟を始める。ふと思う。
「アゲハ蝶ってどうやって越冬してんのかな?」
9月頃にあの戦いが終わった後、翌年の春にまた出現する訳だから長い冬を何らかの方法で凌いでいるのだろう。ではその方法はどうしているのだろうか。
「カブトムシとかあの辺のは幼虫の状態で土の中で、みたいな感じだよね。イモムシが土の中ってこたないよな。そっかあいつら確かあのイモムシ状態の後にサナギになるんだよな、その過程は良く知らないけど。だとしたらサナギのまま半年間以上キープして越冬?出来んのそんな事?聞いたことあるけど連中は一旦サナギの中で液体化するんだよな。まあその状態なら半年間の長期保存も可能か…。どういうメカニズムになってんだ、なんなんだあいつらは…。」
秋から冬にかけての戦いの無い季節に入ってから、なんだかあいつらの事が気になり始めてきてしまっていた。